杵築高校三年生、現代国語の授業中のことだった。
先生が、卒業を真近にひかえた僕らに、「お前たちは、ここを卒業して
社会に出て行くわけだが、将来の日本の社会は、どうなったら平和で
幸せな世の中になるか、考えてみろ」 という問いかけだったと思う。
誰も答えることが出来ずにいる中、佐藤君だけが手を挙げた。
「僕は 日本中の人間が裸になって暮らせる様な そんな社会が実現
すれば、世の中 平和になると思う。」 との答えに、教師も 僕らも
沈黙せざるをえなかった。
このエピソードが 今も忘れられない。
おそらく、あの頃の誰よりも本を読んでいたのであろう。彼の感性は
常に時代の先を行く。
天才とは、そういうものかもしれない。
「 あすありと おもう こころの あだざくら
夜半の嵐の 吹かぬものかは 」
生前の彼に会いたかった、
会って 話がしたかった。
日出町の萬里図書館で 花の木美術館のことを知り
俊造さんが亡くなっていたことに驚き、そのまま自転車で
かけつけてくださった同級生です。(筆者 了承)
もしかしたら、家族より友人のほうが、開花する前の彼の才を見ていたのかも知れないと思うこのごろです(当時は意味がわからなかったとしても)
あの透徹した目は、若いころから物事の本質を見通していたのかも知れない・・・・・
清濁併せて見つめながら、常に清に軸足を置いていたと思うから。
この方の文章で、10年以上も前に彼が上京したとき「高校の時お前のIQは測れないと言われたことがあるんだ、どういう意味だったのかな」と言っていたのを思い出し、パズルのピースが集まって、見えなかった彼の実像が次第に形づくられて行く気がして複雑です。
あまりに身近過ぎて見えにくいっていうこと ありますね。でも、俊造さんは、そういう部分も(私たちが思っていた以上に)持ち合わせていたんだろうけど、家族の前では、生身の人間というか、甘えたり、ごく普通の面を曝け出せていたと思いたいですよね。
IQの話は私も聞いたことがあります。
パズルのピースが・・・は本当にその通りですね、やっぱり複雑です。