3日は憲法記念日。世間では連休後半の初日ということで、混雑しているらしい。その余波が及んだのかもしれないが、最近では珍しく10人の来館者があった。僕は農作業等もあり常時の来客対応は出来ないが、知っている人が来ればできるだけ会話するようにしている。8人目の2人連れが帰られた後、今日はもう1人来て、10人になるといいねなど、つれあいに言い残しちょっと出かけた。用事を済まして、閉館時間真近に帰宅すると、車が一台。おおっと思いながらドアを開けると、10人目の御客がいるではないか。写真をしている町内の知人である。
彼曰く「この線は鹿鳴越えの稜線ですね」
そうだったのか。そうだよな。と僕は納得がいった。
好きな絵だったが、どうしても緑一色の中で左右に流れる白い帯が分からずにいた。言われてみればこの稜線は作者の原風景であった筈である。当地から眺めると西方に望める、鹿鳴越連山は撫で肩のような柔らかい姿をしている。山の麓が日出の市街地である。
写真家の彼曰く。景色の中にある無駄をすべて消し去って、最後に残したかったのがこの線でしょうね。なるほど、云われてみればそのとおりと納得。絵の題名は「死線・光る影」である。その謎解きはまだできていない。でも一歩踏み込めた感触はある。作者はこの山の向こうに西方浄土を見ていたのかも。季節は新緑。一月に出したときは思いもよらなかった見かたを知ることとなる。こんな出会いがあるのはありがたいことだ。自称管理人も教えてもらうことばかり。でも、それが楽しい。 (省)
作成者アーカイブ: 花の木美術館 管理人
小学校3年生の頃の俊造さん
歌集「 虹 夏草 泥亀 」
『 和光同塵 』
絵画や彫刻に題名があること自体は、特に違和感はない。私の乏しい経験からすると、題名と作品は一目で一致することが多い。たとえば「静物」「港の風景」「里の秋」「廃線」「読書」「幼子」とあれば、題名を聞いただけで絵が自然に浮かんでくる。展覧会を覗くとよく経験することである。それはある種の予定調和をしており、題と作品がうまく合致していることで観る者に安心感を与えてくれる。そして、写実的によく描かれていると、観る者もそれ以上考える必要はなく納得する。多分これらの作者にとって、作品とは描かれた絵そのものであり、題は付属物か説明文に過ぎないのだと思われる。ぼくもそれになんら違和感なく、当然のことと受け止めてきた。
ところが俊造の作品は題名が添え物ではなく、絵と題が一体化して作品を構成しているようだ。題に手抜きをしない絵描きとでも云うのがいいのかもしれない。俊造の個性なのかぼくの乏しい知識ではわからないが、題をおろそかにしない作家といえるだろう。それだけに、題名一つにぼくらが考える以上のエネルギーを傾注している。来館者の感想で「絵もさることながら、この言葉がすごいですね」と言われる方が稀にいる。伝わっているのだ。
展示室の正面に掛けてある絵を見て、『和光同塵』の意味を改めて調べてみた。才能をひけらかすことなく俗世の中に塵となり溶け込むこと、である。この絵は花の木のアトリエを完成させ、そこを定住の地として住み始めた直後に制作している。今にして思えば、俊造はこの作品をとおして、それから先の自分の生きざまを決意表明していたのだと解釈できる。
たしかに、俊造は地域の人々との付き合いや、田舎特有の風習を忌み嫌うでもなく淡々と過不足なくこなしていた。しかし、彼が絵を描いていることを知っている人は多くはなかった。この絵に込めた俊造の思いを、今頃になって理解しながら眺めると、なるほどと思う昨今である。ただ、彼の才能がいかほどのものであったかを測る能力を持ち合わせていない僕が言うのも変だが、一見の価値がある作品である。実はそんな理屈抜きでこの絵を観ても愉しめる作品である。 (省象)
『 海への道・涅槃まで 』
現在展示中の作品に、「海への道・涅槃まで」という題の絵がある。画面全体にはしっかりと赤を塗りこんでいる。そして、上部から右斜め下に白い帯状の曲線が下りてくる。さらに左右に黒を基調とした細い線が走り、画面の中央部あたりで交差する。最初にこの絵を展示したとき、強すぎる赤に、ちょっとえげつない絵だなあと、あまり気にいらなかった。ただ、このタイトルが気になった。海と涅槃。
僕は昨年秋から、早朝の散歩をするようになった。そのコースの一つに糸が浜と呼ぶ海岸線を取り込んでいる。ここは砂浜と磯が両方楽しめる程よい散策コースである。東向きのこの海岸は天気が良ければ日の出を拝むことができる。そんな時にはお天道様に向かって柏手を打つ。話がわき道にそれたが、その時間帯の朝焼けが毎日違う容貌を見せる。空を焦がす朝焼け、海を染める朝焼け、強烈な紅色から淡いピンクとさまざまに楽しませてくれる。
ある朝、不思議な体験をした。朝焼けを全身で受け止めながら歩いてるとき、この景色の中を歩いていると、涅槃にたどり着くのではないかと思った。俊造はこの一瞬を描いてみたいと考えて、「海への道・涅槃まで」をつくったのかもしれない。そういえば彼もよく明け方の海を歩いていたと聞いたことがある。
ぼくのこじつけかもしれない。でも、案外そこにヒントがあったとしても不思議ではない。その体験があってから、絵が奥深いものに見えてきた。 (省象)