明日、ここも刈りとられるそうなので今日のうちに
写真撮影。ほんとに美しいです。
花の木美術館はこのようにおだやかな、田舎ならではの
景観の中にあります。
作成者アーカイブ: 花の木美術館 管理人
自由ノートより
杵築高校三年生、現代国語の授業中のことだった。
先生が、卒業を真近にひかえた僕らに、「お前たちは、ここを卒業して
社会に出て行くわけだが、将来の日本の社会は、どうなったら平和で
幸せな世の中になるか、考えてみろ」 という問いかけだったと思う。
誰も答えることが出来ずにいる中、佐藤君だけが手を挙げた。
「僕は 日本中の人間が裸になって暮らせる様な そんな社会が実現
すれば、世の中 平和になると思う。」 との答えに、教師も 僕らも
沈黙せざるをえなかった。
このエピソードが 今も忘れられない。
おそらく、あの頃の誰よりも本を読んでいたのであろう。彼の感性は
常に時代の先を行く。
天才とは、そういうものかもしれない。
「 あすありと おもう こころの あだざくら
夜半の嵐の 吹かぬものかは 」
生前の彼に会いたかった、
会って 話がしたかった。
日出町の萬里図書館で 花の木美術館のことを知り
俊造さんが亡くなっていたことに驚き、そのまま自転車で
かけつけてくださった同級生です。(筆者 了承)
秋の味覚
絵は生きている
今日、小崎夫妻が来てくれました。
何度も来てくれてます。
タマさん(奥様)から「絵、入れ替えたね、変わったね」と言われました。
入れ替えてないことを伝えると、前に来たときと雰囲気が違う、
受ける感じが違う、と言います。
午後から来られた方もそう言いました。これまでに 3人の方が
そう言うのです。
やっぱり、絵は生きてるんだなあ.
毎日 見ている私もそれを感じます。
日によって、違う表情を 俊造さんの絵は見せてくれるのです。
夕暮れ時。
昔、フォークグループの NSP(ニューサディスティックピンク)が
♪夕暮れ時はさびしそう♪ を唄ってたなあ。あの唄、好きでレコードを
買ってよく聞いていたことを思い出しました。
もう すっかり秋です。
この辺りの田も来週から 稲刈りができそう とのことです。
佐脇健一展 「未来の記憶」
今日は、大分市美術館に行ってきました。
写真は ポスターを撮ったものです。
行ってじかに見て 本当に良かったので、まだ行かれてない方
ご存じない方に 是非ともお勧めしたいと思い、ここに 載せる
ことにしました。
私などがその感想を書かせていただくのも大変おこがましいと思いつつも
菅館長さんや、学芸員の方のご案内やお話の中から
特に印象深く残ったもの、感じたことを記 したいと思います。
青い空 (空=普遍的なもの)をバックに 人工物、廃墟。
その対比。
どこにでも転がっている石ころ
その石ころに比べても 人間の一生は ほんの一瞬のもの。
でもその一瞬の中に それぞれの大切なものがたくさん
ちりばめられている。
そして 「箱」。
人は、それぞれの 自分だけの「箱」の中に 何かを持っていたい
持っていてほしい・・・
石油や石灰岩の掘削跡や、原発跡など、丁度 現在社会と
この発表された時期とが重なって 改めて考えさせられる
「 未来の記憶 」です。